定時で帰る人に反感←なんてやってる場合じゃない日本の会社

日本人には、「皆と違うことをしてる者を嫌う」という強い習性があると思う。

…といっても、今回はとりあえずADHDとか同性愛とかそういう話は置いといて、『仕事』の話だとおもって読んでほしい。

ここ数年、ブラック企業とか過労死とかそういうのが物凄く騒がれていて、ネットで目にする人も多いだろう。テレビのニュースでもしょっちゅうやっている。

 

で、TwitterでよくRTされ共感されているのが、「定時退社すると疎(うと)まれる」「頭を使っていても体を動かしていないとサボっていると思われる」とかなんだけど、

いやこれ実際にあちこちで有る話なんだろうと思うわけである。

 

日本の社畜社会というのは、とにかく周りと違うことをしている人を嫌う。「これが常識だよ」と教えられれば、それを全く疑おうとしない。そこに合理的・建設的根拠がなくても、自分に明確かつ重大な選択意識がなくとも、そうなんだと信じ切ってしまう。そして、ちょっとでも違う生き方をしてる人を見ると、「なんで皆と同じことをしないの?」と思ってしまう。

たとえばフリーターなんて「なんで正社員じゃないの?」と即マイナス評価されるし、大学でバイトをしていなければ「なんでバイトしないの?」と思われる。中退なんてしようもんなら、理由を考えずに『ダメ人間』のレッテルを貼られるだろう。就職して3年我慢せずに辞めれば『ダメ社会人』と見なされるだろう。「皆が働いてるときにひとりだけ休みをとる」ということにも漠然とした反感があり、有給を取ることもままならないだろう。休日家から出ずにゴロゴロしていれば「なんで外に出ないの?」と言われることも多いだろう。

 

「遊ぶ」「休む」「帰る」「力を抜く」「ひとりで居る」ということに対して、明確な根拠のない嫌悪感が浸透している。

それを名前も顔も知らない赤の他人に向けて、苦労や努力を求めることもあれば、自分に向けて不必要な罪悪感にかられることもあるだろう。「自分は生きていてもしょうがないんだ」と思い込んでしまうこともあるだろう。

こういったすべてが、『向上心』『成長意欲』『戦略』を根っこに宿したものならなんの不満も不安もないわけだが、そうではないわけだ。単なるコンプレックスの裏返しなわけである。

 

考えてみれば、人間なんてものは本質的・平均的・全体的に見てそれほど上等なものではないはずである。

明確な向上心・成長意欲・意識・誇りのもとに、常に明確かつ重大な選択のみをして生きている、自分がとれる最大限かつ最善の行動を心がけて、世のため人のため人間の未来のためなどと思って働いている人間などほとんど居ないだろう。

ほんとうは皆、楽をしたいはずである。楽して金が稼げればどれほどいいかと思っている。まず、これは当たり前で大前提のことだと認識してみる。

そう認識してみると見えてくる。

この世にあふれる「努力しなさい」「苦労しなさい」「休んじゃだめだ」「辞めちゃダメだ」といった言葉というのは、だいたいがウソであると見えてくる。

 

たとえば残業にしても、ちゃんと自分の分の仕事が完了しているのに「帰ってはいけない。とにかく皆が仕事をしている間は会社に居なさい。空気を大事にしなさい」と毎日のように言われるのであれば、これは単なる“苦労根性”だろう。

いま日本にはこのような苦労根性を燃料にしてしまっている会社がたくさん有るのだと思う。

当たり前のことだが、とにかくガムシャラに苦労していれば結果が出るというのは妄想である。それは個人でも組織でもおなじだ。

会社として業績を出して信用を保持したければ、会社はまず、自社にとって利益になる見込みのある契約・プランのうち、自社の人手と力量のなかで確実に達成できるであろうものを選択して、それの達成に向けて最も効率的・建設的であると思われるスタイル・システムを組んで仕事に臨まなければならないはずだ。

そうではなくて、分不相応な仕事を無駄な苦労根性でやっていくのだとすれば、決して長続きはしないだろう。自分たちの首を絞めていくだけである。まともな会社は、そんなことしていないのではないだろうか。

 

 

このままの状態・環境で、ずっと続いていくなんてことはあり得ない。

 

誰しも忘れてはいけないのは、この世においては何事も栄枯盛衰・諸行無常だということ。

どんなに優秀な人でも、どんなに有名な大企業でも、どんなに凄い技術力を持った町工場でも、どんなに良い資格をもっていても、手放しでの永遠の繁栄はないということを悟らなければならない。

最近の日本人は、どうもこれを悟れていない気がする。

いい学歴をとればそれで一生安定だと信じられているし、うまくいっている会社に正社員として入れば勝ちだと信じられているし、親の七光りでどこまでも行けると思われている。また、「日本は先進国で経済的に安定しているから、就職できれば大丈夫」「就職できないやつはダメで、生きていけない」と信じられている。

だが本質的・現実的に考えて、そんなことは殆どあり得ないわけだから、こういった信じ込みというのは一種のカルト宗教と言えるだろう。

自分の人生は結局、最終的には自分の努力・試行錯誤・工夫、そういったもので完成を迎えるのだということが、すっかり日本の社会人の頭から抜けているのではないだろうか。

このカルト宗教を妄信していると、職を失った赤の他人をネットでばかにしたり、学歴の低い人間を問答無用で蔑視したり、赤の他人と収入や雇用形態を比べていちいち一喜一憂したりという、無駄な比較ばかりするようになってくるのである。事実、ネットの掲示板や動画サイトやTwitterを観ていると、こんなくだらないことをやっている根暗社会人を見かけることが頻繁にある。

今まではこれでよかったのかもしれないが、どうもこのままの状態ではこれからヤバいようだ。

 

 

人口も生産能力も下り坂。そろそろ苦労根性やエリート主義では回らなくなる日本経済。

 

厚生労働省の見立てでは、日本の人口はどんどん減って2045年あたりにはついに1億人を下回り、2065年には9000万人を切るそうだ。

おまけに、ただ人口が減るだけではない。65歳以上の高齢者の割合は増える一方で、総人口が減り続けていくのである。

働き盛りの人間の割合は減り、ますます少子高齢化が深刻になっていくのである。

 

つまり、生産が落ちる。消費も落ちる。

農業・漁業などの後継者は今すでに不足中だし。

(たとえば、このまえWBSでやってましたけど、いま愛媛のみかん農家は深刻な後継ぎ不足で、すこしでもみかんづくりに興味をもってもらおうと町ぐるみでみかんジュースを売ったりみかん入りのお菓子なんかを開発したりして一生懸命宣伝を始めているそうです。)

 

生産年齢の人口が減るわけだから、年金制度も破たんするかもしれない。

 

もうすでに、生産性のない苦労根性や学歴至上主義は捨て、常に「これからどうするか」を考え、「いかにして効率よく生産するか」「いかにして効率よく消費するか」「いかにして効率よく金を回すか」「いかに自分の得意なことを活かして生きていくか」「業績を上げるためにいかに情熱を注いで仕事をするか。またそのような情熱を注げる仕事をいかに追及するか」を“日本国民全員”が考えて工夫していなければならない時代に片足つっこんでいるということだ。

「仕事なんて別になんでもいいし、適当にそこらに就職して言われたこと適当にやってりゃいいんでしょ?それで普通の幸せライフだわ」という漠然とした常識が、だんだん通用しなくなるはずである。

日本の将来、相当ヤバいのである。

 

皆といっしょに残業しなければいけないとか、何が有っても会社にこなくてはいけないとか、そんなことをやっている場合ではない。日本は変わっていかねばならない。

いかにして効率よく仕事をこなすか、それを会社全体で考えて工夫しなければならなくなるから、仕事場も会社にこだわらず、むしろネットワークを駆使して社員全員が家でも積極的に仕事を進めることができるように、システムを整えていかなければならないはずだ。LINEやSkypeなどの通話サービスをもっともっとうまく組織内で活用していかねばならないだろう。

日本の社会人は皆、もうそろそろ目を覚ますべきだろう。

当たり前のことを理解して、人生の本質を理解して、各々もっと頭をつかって仕事をしなくてはならなくなるはずである。

残念ながら、今は事の重大さに気づいている人は少ない。

だが貴方だけでも、自分の将来のことから真剣に考え、少しずつでも行動をしていってはどうだろうか。

 

今のうちに副業をやってたくさん稼いでおくとか、もっと貯金をしておくとか、もしくは老後も自分で稼げるように知識やノウハウを身に着けて準備をしておくとか。将来困ったときにお互いに助け合えるようにコミュニティを築いておくのもいいことだろう。

いい会社に正社員で入れても、それで安心してドヤってないで、どう出世するか、どう業績をあげるかを一生懸命考えなければいけないだろう。万が一いつか会社がつぶれたときうまく立ち回れるように、なるべくたくさんの知識・経験をそこで蓄えておくべきだろう。

誰と比べることではなく、自分の将来のために自分の成長を意識してこういうことをやっていかなければならないだろう。

 

もう、意味の分からん『常識』を柱にしてブラック社会人をやっている場合ではない。

時には、目的のために人一倍の努力をしなければいけないときもあるだろう。時には、作業効率を維持するために心身を癒すことも必要だろう。先を見越して辞めることも必要だろう。

凄い人の凄さを素直に認め、エネルギーをもらって頑張っていかねばならない。

「楽しい」「嬉しい」「気持ちがいい」「すがすがしい」そういう前向きなエネルギーを燃料にしなければ、日本は腐っていくだろう。社会全体が、「ワシの若いころはこんなに頑張っていたんだぞ」という薄いプライドだけの空っぽの年寄りだらけになってしまうだろう。

もちろん、おバカ系Youtuberのようにモラルを捨てて「ウェーイ!!!」というバカを皆がやればいいという話ではない。

 

ただ、本来そんなにハングリーな人間ばかりじゃないのだし、「とにかく休まず辞めず無理でもごり押しして頑張るのが立派なのだ。汗水たらして身体を痛めつけているほうが偉いのだ」というおかしな宗教は、忘れなければならない。そんなものは、社会というものが未発達だった頃の、前時代の遺物である。

職歴,学歴,就労事情,労働時間…そんなものを、社会人になってなお、いちいち気にしてる場合ではない。なるべく、将来のことを本当に現実的に考えたうえでの建設的な、結果のための努力・目的のための苦労を心がけていくべき時が来ているのである。

政治家に訴えているだけでよくなるものではない。全員で前向きな思考・議論を重ねなければ、日本はマジで終わる…

 

 

☟「仕事」「働き方」を考えるうえで非常に参考になる本を一冊、貼っておきます。

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