キモいヲタクと、生き生きしたヲタクの違い

『ヲタク』といえばアニヲタをはじめ、掲示板の廃人とか、ゲームが大好きで毎日必ず2,3時間以上は時間をつくってプレイするゲームヲタクとか、エロゲヲタクとか色々いるわけだけど、

一般的には「ヲタク=キモい」 というイメージの図式が、まだまだ成り立っていると思う。

じゃあなぜヲタクはキモいんだろうか。ざっくり考察してみる。

 

①ほかのものに興味を持たず、1つのものにいつまでも執着しているのがキモい

これは私も思うことなんだが、傾向として、キモがられるヲタクというのは新しいものや他のものに触れようとせず、ずっとおなじものだけに執着して悦に浸っていることが多い。たとえばツイッターに居るエロゲヲタクを見てみると、おなじブランドの作品あるいは1つの作品・キャラクターに異常なまでの執着を見せ、毎日のように「〇〇ちゃんかわいい」などと何度もつぶやいていたりする。重症な者になると、そのキャラクターのbotをフォローして毎日会話をして喜んでいたりするのだ。リアルに存在する女性でないから全然OKなわけだが、その前提を抜きにして考えれば、ここまでの執着はキモいといえよう。

ジャーナリストでもないのに毎日政治的な発言をしていたり、著名人のつぶやきにしょっちゅうリプで語りにいったりしている政治ヲタクとおなじような〝執着のキモさ〟がある。

もちろん誰が誰を好きになろうと、それ自体は他人に迷惑をかけることではない。
ただふつうであれば、特定の物事にどんなにお熱になっても、そのうち気分が冷めて、よくいえば気持ちが安定化して冷静になるのが一般的だろう。アニメを観ている人にしても、ドラマを観ている人にしても、ゲーマーにしても、ふつうはハマるときはとことんハマるが、見終えたりクリアしたりしてしばらく時がすぎれば、次の作品を楽しみにして、ときどき昔のものを思い出して「あれはよかったねー、神ゲーだったね」と語り始めるくらいにとどまるものである。

私が思うにこのような異常な執着というのは、なにか満たされないような物足りないような想いの強い人が陥りやすいものなのではないだろうか。毎日がつまらない、刺激がたりない、暇でしょうがないんだけど何をやりたくなるわけでもない…

実際、ツイッターでしょっちゅうおなじことばかり、おなじ作品のことばかりつぶやいている人のなかには、そういう無気力で病みやすいタイプの人が多い気がする。つぶやいて何になるわけでもないのに毎日「暇すぎる…」などとツイートしている人たちのことだ。要するに、人生楽しもうとする気概が足りない人たちである。面白いものを探す、自分から能動的に楽しみを見つける、趣味を極める、いろいろな作品に触れてみる…そういうことをせず、「暇だなあ退屈だなあ、でもなにをやる気にもなれない」という脳死状態に陥っている。そんな人たちは、その虚無感を埋めたくて、よりどころとしてなにかひとつのものに異常な執着を持つのかもしれない。

 

②刺激が欲しい。でも何もしたくない。というウジウジ感がキモい

面白い映像作品もゲームもたくさんあるし、かわいいキャラクターもほかにたくさん居るはずなのに。探そうとしない。なかなか触れようとしない。興味のあるゲームがあっても、結局昔の作品への執着に戻ってしまう。

この心のつまらなさ、余裕のなさ視野の狭さ、
乱暴な言い方をすれば、思考停止してカルト宗教にのめりこむ人と同じような心理ではないだろうか。

実際ネットで、「キモい」と言われているヲタクたちの発言やコメントを観察してみると、これはあながち間違っていない気がしてならない。なにか人生に対してどうしようもない物足りなさ、強いコンプレックスを抱いているケースが多くみられる。ニコニコ動画とかYoutubeとかのコメント欄などはいい例である。

キモがられるヲタクと反対のタイプの人たちを見るとよくわかる。
たとえばゴールデンウィークのような長期の休みをとれたとき、アクティブに動く人たちだ。
あちこちに旅行にいったり、休みの日にはサバイバルゲーム(エアソフトガンを使ってやるやつ)をしたりしている人たちは、趣味のなかに常にあたらしい刺激を感じて楽しんでいる。

対して、社会全体が社畜ムード・ブラックムードに包まれる昨今、心の寂しい人間は多くみられる。
張り合いとか誇りとかなにかしらの楽しみも持てず、毎日毎週いやいや働いてうっぷんを溜め、でも特になにをするわけでもなく流されるがままに生きていく感じ。

なんか面白いことないかなあ…とか思いながらも、探そうとしないし試そうともしない。結局うじうじ停滞して、「つまんねえなあ嫌だなあアニメみたいな面白いこと起きねえかなあ 〇〇ちゃん天使~」などと愚痴ってるスタイル。これは傍から見ていれば気持ち悪いと思う。

私はゲームが好きでそこそこプレイするんだけど、ネットを見ていると、ゲーマーも最近ではなんだか無気力かつ精神的に軟弱になってきている気がする。

いま、新しいゲームが出るとまず攻略動画を見る、攻略サイトを見て下調べをするというスタイルの人を見けることが多い。ネットが私たちの生活に不可欠なものになり、あらゆる情報が充実し、その拡散速度も飛躍的に速くなっているから、まあ自然な現象ではあるのだが、ちょっとどうなのと思ってしまう。

もともとゲームなんてものは、新作が出ればそれぞれ興味の向いたものをどんどん進んでプレイすればいい話だし、昔のゲーマー(現在30歳40歳の世代)は実際そうだったと思う。つまり、世間の評判なんぞに従わず、みんなもっと自分勝手に楽しんで、そして勝手に極めていたと思う。

それがいまでは、新作が出れば一斉に細かいあら捜しをはじめて、「この新作ここがダメだからクソゲーだよ。買わないほうがいい」「アマゾンのレビュー見てみろよ。やっぱり買わなかった俺は正しかったんだ」なんてふうにドヤりあっている。

あとは「俺のほうが上手い」というようなくだらない背比べの発展。
動画投稿サイトを見てみると、発売直後にプレイ動画をあげる人、それを早々に観て「俺のほうが初見で上手かったよ」などと背比べをしている人が別に珍しくもない。コメントでの言い争いになっているケースも珍しくない。しかも「上には上がいる」という物事の大原則を受け入れる懐の深さも見られない。それが10代20代ならともかく、いい歳したおっさんが参戦しているようなことも度々目にする。

なんだろう。なんというか、娯楽作品が人を見下すための道具に、人と優越を競ってコンプレックスを埋めるための道具になってしまってるようで気持ちが悪い。自分はすごいんだぞ、ダメな大人じゃないんだぞと思いたくて仕方がないような。

人生を彩る材料ではなく、はけ口として使われていて、「新作が出た!うひょー!楽しみだなぁ!!!よっしゃやるぞ!」という純粋な遊び心が欠けているように思えるのである。

そう、ひねくれていて、『純粋な遊び心』『気持ちよさ』が無くなってしまっている気がしてならない。だから余計に、「引きこもってて性根が腐っていて気持ち悪い…」というイメージが強くなってしまうのではないか。

逆に、小室哲哉とかイチローとか羽生善治みたいなかっこいいプロフェッショナルは、情熱や遊び心があって活発で、成績を追い求めるだけでなく娯楽(商売道具)によって心を豊かに育んでいるかっこいいヲタクだ。
つまらない背比べをするんじゃなく、極め、高めあっている。
だから尊敬されるんではないだろうか。

ビデオゲームでもプロが存在するけど、たとえばウメハラ選手や、ときど選手、ネモ選手、NAGE(ナゲ)選手なんかは、
やっぱり格ゲーという娯楽作品を楽しんで、作品の長所短所を分析して、試行錯誤し、哲学し、極めている。プロでなくても、トッププレイヤーで居続ける方たちにはそういう人が多い。インタビュー映像や記事を観てみると、受け答えもちゃんとしていたり、確かな哲学があったりする。

参考記事:

1.  ガジェット通信 ウメハラロングインタビュー!! EVOへの意気込み+50の質問

2.  【プロゲーマー・ネモの勝てるゲーマー論】 第1回 格闘ゲームの上達は攻略を鵜呑みにするな

 

「ゲームが趣味でキモくてごめんなさいねーw」
「俺はこんなに強いんだ。どうだ、ゴミども」
というダークサイドに堕ちて仕事をしているような人物はあまり見ない。
だからこそ、「アスリート」として世界中のプレイヤーから注目され尊敬されるのだろう。
そしてそのおかげで業界全体が熱くなる。

事実、彼らプロゲーマーの哲学書などは、一般のサラリーマンが読んでも為になる人生論・仕事論がたくさん書かれていて、買われている。

決して「ゲームが得意」「楽しい」だけでは勝ち続けられない世界で、前を向いて毎日鍛錬をつまなければ置いて行かれる過酷な世界で成果を出し続ける彼らは、オリンピックに出るスポーツ選手とそん色ないのだ。扱う道具が違うだけであって。

おなじゲームというインドアな趣味でも、自分に自信が持てずモジモジして、ゲームのうまさで必要以上に背比べしたり早々にネガキャンレビューを書いて自分の有能性を必死にアピールし満たされようとしている根暗ヲタクとは、大違いである。

稼いでいるかどうかの違いではなくて、姿勢の違いである。
姿勢が違うから、センスによっては仕事にもできるし、仕事にしてもかっこよく見られるのではないだろうか。

 

そして、別にキモいのはヲタクだけじゃない。

ゲームのプロを観て「たかがゲームでなに、プロとかwきもw」「楽しくお金稼げていいよねw」「俺は正社員だからこいつらと違ってまっとうな人間なんだよねー」などと思ってしまう一般人、「俺はゲームなんてやらない真人間なんだ」というドヤり方をしている人たちも、キモさではヲタクに負けていない。固定観念がつよく、自分の狭い世界に閉じこもって物を見てしまうからだ。

このようなキモさの根本的な原因は、

自分の人生に対する強いコンプレックス(俺の人生こんなはずじゃないという恨みつらみ・妬み)や、

自分の人生に集中できず自信を持てず、どうしても赤の他人の職種や年収や生活態度などが気になってしまう精神状態などに在るんだと思う。

 

 

どうすればキモくないヲタクでいられるのか

遊び心と向上心を忘れないこと。
趣味や特技を、コンプレックスを埋めるための道具とせず、
人生に面白みを与えたり自分の魅力を高めたりするための材料として満喫すること。

これが一番だと思う。

自分は下手だからダメなんだとか、
インドアでダメな人間なんだとか、
アニメ好きだと思われたくないとか、
そのようなマイナスな気持ちで趣味をしないこと。

これが生き方そのものや、仕事に取り組む姿勢にもつながる。

 

コンプレックスがあるのなら、それをウジウジして腐らせず、

膨張して抑えられない怪物になる前に埋めてやることだと思う。

勉強も仕事も、「世間がこう言っているから」で流されるのではなく、自分に合うものをとことん探してそれを極めたほうが気持ちがいいに決まっている。

努力は、自分に必要なとき、必要なだけすればいいのだ。
努力の程度を他人と比べて優劣を競うと、キリが無くなる。

自分にとって「やらなきゃいけないこと」「成長しなきゃいけないこと」を野放しにしておくと、性根が腐るもんだ。これは学生でも社会人でも一緒じゃあないだろうか。最大限努力して、それではじめて他人や環境のせいにして嘆けばいいと思う。

日本人はもっと前向きに、フェアに生きていいと思うのである。いつまでもブラックムードだと国そのものがどんどん腐っていく気がする。
考えることや自分を磨くことよりもさきに他人のあら捜しをして喜ぶ人が、最近多いなあと感じる。
ネットは社会の縮図。そういうものが見えやすくて、学ぶことも多いのではないだろうか。

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